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東京高等裁判所 平成4年(行コ)138号 判決

控訴人

千葉県知事

沼田武

右訴訟代理人弁護士

古屋絋昭

岩本信行

右指定代理人

石橋賢二

外六名

被控訴人

株式会社八日市場観光開発

右代表者代表取締役

久米三雄

右訴訟代理人弁護士

山之内三紀子

河村信男

宇佐見方宏

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  (主位的)被控訴人の本件訴えを却下する。

(予備的)被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  (当審において訂正された請求の趣旨)控訴人が平成三年二月二七日付で被控訴人に対してした被控訴人の千葉県「宅地開発事業等の基準に関する条例」五条に基づく事前協議の申出を拒否した処分を取り消す。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(但し、当事者双方に関しないものを除く。)

1  原判決七頁八行目「本件協議申出書」から同一〇行目までを「五条協議の申出を拒否するものにほかならないから、控訴人は、本件返戻により、五条協議の申出の拒否処分(以下「本件処分」という。)をしたことになる。」と、同八頁一〇行目「提出された本件協議申出書の受理」を「された本件協議申出の」と、同九頁三行目「これを」から同五行目までを「協議に応ずる義務があるから、本件返戻行為は協議申出の拒否処分として違法となる。よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件処分の取消しを求める。」と各改める。

2  同一二頁一行目の末尾に次のとおり加入する。

「即ち、ゴルフ場開発は開発面積が広大で開発地域住民の生活基盤を崩し、自然の生態系を大きく破壊する可能性があるものであるうえ、安易に協議申出書を受理すると、開発業者が七条確認に期待感を抱き、開発申請をする業者が続出し、乱開発を促進する弊害が生ずるとともに善良な地権者が開発業者の甘言に乗せられ甚大な被害を被ることが予想される。一方、開発事業は手続きが進むにつれ経費も増加するものであるから、できる限り早い段階で計画が実現可能か否かの見通しを開発業者に明らかにし、開発業者の損失を未然に防ぐ必要もあるため、千葉県においても他の地方自治体と同様、右申出書受理の前に開発業者に対し、市町村長との間での事前相談を要求したうえ、右事前相談に基づき、市町村が県と内協議をすることが必要となるのである。」

3  請求原因に対する控訴人の認否

(一)  請求原因1(一)(1)の事実は知らない。

(二)  同(2)の事実は認める。

(三)  同(3)の事実は否認する。

(四)  同(二)ないし(四)の主張はいずれも争う。

4  当審における控訴人の主張(本件処分の適法性)

(一)  本件条例五条がゴルフ場の開発計画に知事の同意を要求する趣旨は、ゴルフ場の開発は開発区域が広大で、開発地域住民の生活基盤を崩し、自然の生態系を大きく破壊する危険のあるものであるから、住民に対してその福祉を増進すべき義務を負う地方自治体の長である知事に、健全な地域社会の育成という見地からその開発の許否を判断させることにある。したがって、知事は同意するか否かを、災害防止、自然環境の保全のみならず条例制定の大目的である健全な地域社会育成の観点から幅広い裁量と責任により決定することができる。

(二)  知事は、右のような見地から同意する基準として取扱い方針を定めているが、被控訴人の本件ゴルフ場開発計画は右の方針に適合しないから、知事として同意できず、協議に応じることはできない。即ち、同方針第三は「新設及び増設のゴルフ場開発計画については、当該市町村及び地元住民から積極的かつ強力な要請があるものを協議の対象とする」と定めているが、本件においては、大多喜町から積極的かつ強力な要請がなく、地元住民からも積極的かつ強力な要請がなかった。また、同方針第四・一は、ゴルフ場開発計画が当該市町村の「地域振興等の計画に位置付けられており」かつ「市町村議会議決を経て策定された計画、構想及び国土利用計画をはじめとする県が策定した計画との整合が図られていること」を協議対象の条件としているが、本件において大多喜町議会において議決された基本構想に定められた開発枠がすでになく、整合が図られていない。更に、同方針第四・二は当該市町村における開発可能面積を定め、別に二か所、同方針第三により一か所の開発計画について協議の対象とすると定めているが、大多喜町においてはそのいずれもが先行する開発計画に当てられており、本件開発計画が協議の対象となる余地はなかった。

したがって、本件処分は適法である。

5  当審における控訴人の主張に対する被控訴人の認否

争う。控訴人の主張は、条例上の根拠に基づかないから、本件処分を適法とする理由とならない。

第三  証拠

原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一  本件処分の行政処分性について

一  前記争いのない事実、いずれも成立に争いのない甲第二、第三号証、乙第五号証、原本の存在・成立に争いのない乙第四号証、証人河村信男、同浅野芳丈の各証言に弁論の全趣旨を合わせると、以下の事実が認められる。

被控訴人は昭和六一年ころから千葉県夷隅郡大多喜町筒森地区においてゴルフ場の開発事業を計画し、大多喜町と接触を持ってきたが、当時大多喜町のゴルフ場開発枠が埋まっていて開発は難しい状況にあったため、五条協議申出書の提出を控えてきた。しかし、平成二年になり、先行していたゴルフ場の開発が近隣市町村の反対で頓挫する気配が生まれ、また、他の業者が先に五条協議申出をする噂があったので、平成三年二月一三日、大多喜町役場に本件協議申出書を持参してその受理を求めた。しかし、町長は先行していたゴルフ場の開発問題が片付いていないことなどを理由に受領を拒絶した。被控訴人は開発枠を押えておくため、本件協議申出書を役場に置いて帰ろうとしたので、やむなく町では、総務課長名の預かり書を交付して本件協議申出書を受領した。その後、同年三月六日、町長は、五条協議の対象に当たらないとして、先行する開発計画にかかる町の行政措置に対し開発事業者及び地元地権者から異議の申し出があり対応中であることを理由として記載した同年二月二七日付書面を送付したうえ、本件協議申出書を被控訴人に返戻した。

二  本件では、右返戻行為に行政処分性があるかどうかが争われているが、当裁判所もこれを肯定すべきものと判断する。その理由は、次に付加するほか、原判決二一頁四行目から二五頁一一行目までを引用する(但し、同二四頁六行目「受理」を「事前協議申出の」と、同二五頁七行目「書受理」を「の」と各訂正する。)。

1  本件条例及び本件規則並びに指導要綱及び取扱い方針は、それぞれ原本の存在及び成立に争いのない乙第一ないし第四号証のとおりである。そして、当事者双方が主張するとおり、本件条例七条一項により、被控訴人のように千葉県の区域でゴルフ場の開発事業を行おうとする者(以下「開発事業者」という。)が工事を施行しようとするときは、あらかじめ、工事の設計が一定の基準に適合するものであることについて知事の確認(七条確認)を受けなければならず、七条確認を得た者だけが適法にゴルフ場の開発工事をすることができる。ところが、本件条例七条三項によれば、七条確認の申請をするためには、その前に、同条例五条により、ゴルフ場の開発事業計画について協議申出書を知事に提出する方法で知事と協議し(五条協議)、知事の同意(五条同意)を得なければならず、七条確認の申請は、知事から五条同意をした旨の通知を受けた後でなければすることができないものとされている。そうだとすると、本件条例は、五条協議を経たうえ五条同意がなされたことを七条確認を得るための必要的前提要件としているものと解するほかないというべきである。換言すれば、五条協議をして五条同意を得た者だけが七条確認の申請をする適格を有するとするのが本件条例の規定の仕方であり、右協議申出の方法として、協議申出書を提出することを定めているのである。

2  右のように、本件条例五条、七条によれば、開発事業者は、事業の計画について知事の同意を得る必要があり、工事を施行しようとするときは、知事の同意を得た後、工事の設計が一定の基準に適合するものであることについて知事の確認を受けなければならず、確認を受けた後でなければ着工してはならないとされ、工事がこれに違反して施行されたときには、知事は工事の停止、是正措置を命じることができ、確認を受けないで工事に着手した者は処罰の対象となる(本件条例一二条・一七条)。してみると、知事の確認は、それを受けなければ適法に工事をすることができないという法的効果が付与されているといえるから、行政処分となることは明らかである(この点は、控訴人も争っていない。)。また、前記のとおり、確認の申請は同意の通知を受けた後にしなければならないのであるから、確認を得るためには知事の同意が不可欠である。しかも、ゴルフ場の開発事業計画に関する知事の同意は災害防止、自然環境の保全等が図られているか否かの観点から行われ、工事の設計が基準に適合するか否かの観点から行われる七条確認の判断とは別になされるものであり、また、同意を得た者の地位は一般承継人に承継されるから、開発事業者は、知事の五条同意を得ること自体に法的な利害を有するというべきであり、同意を拒否する行為も申請人の権利ないし法的利益を侵害する行為として行政処分に当たるというべきである。そうすると、開発事業者は、五条同意の前段階として、五条協議の申出に応ずることを要求する法律上の地位ないし権利を有するというべきであるから、大多喜町長が被控訴人の開発計画は五条協議の対象に当たらないとして本件協議申出書を被控訴人に返戻し、これによって、右協議の申出を拒否した行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分と認めるのが相当である。

三  控訴人は、千葉県では前記のとおり、事前相談、内協議を経て県として開発を受け入れることのできるものと判断したものについてのみ正式の事前協議申出書を提出させる扱いをし、事前相談、内協議が終了していない者が事前協議申出書を提出しても、これを正式な五条協議申出書として取り扱わない運用をしているから、被控訴人の本件協議申出書の提出は五条協議申出書の提出ではなく、大多喜町長の返戻は事実行為である行政指導としてなされたもので、本件返戻行為は行政処分ではないと主張する。しかしながら、右のように事前相談、内協議を経ないものを五条協議の申出としないというのは行政庁内部での取り扱いでしかなく、前認定の事実によれば、町長は本件事前協議申出書を補正を命ずる趣旨で返戻したものではなく、申出については協議の対象とせず、これ以上応答しないという確定的意思に基づき返戻したことが明らかである。したがって、右申出書の返戻行為は、五条協議申出の許否行為とみるのが相当である。控訴人の右主張は理由がない。

また、控訴人は五条同意は、開発業者と関係部署との事前協議が終了したことを開発業者に通知するもので、開発業者の当該開発行為ができなくなることを確定させるものではないから、本件返戻行為は行政処分ではないと主張するが、前示のとおり、右の同意は当該開発について災害予防、自然環境保全等が図られているか否かという観点からする知事の判断であり、同意がない場合には確認を得ることもできず、開発を進められなくなるのであるから、控訴人主張の単なる通知行為ではなく、右主張も理由がない。

第二  本件処分の適法性について

一  前掲各証拠、いずれも成立に争いのない乙第一五ないし第一七、第二五ないし第二七号証(第二六号証については原本の存在も含む。)、証人浅野芳丈の証言により成立が認められる乙第一四号証、同証言、証人小山恒正の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  千葉県では、昭和四〇年代に入り、宅地開発やレクリエーション地域としての別荘地の造成が盛んに行われるようになり、これらの開発に伴う土砂の流出、がけ崩れ、排水にかかる被害等が顕在化したため、開発区域及びその周辺の地域の災害を防止するとともに健全な生活環境の保全を図ることを目的として、昭和四四年本件条例が制定され、昭和五八年にはゴルフ場の開発事業もその適用対象となった。即ち、ゴルフ場の開発は、地域の振興開発や県土の有効利用に寄与する反面、開発区域が広大で開発地域住民の生活基盤の変化にもかかわりを有し、優良な農地・林地を破壊し、災害発生等の危険性もあるため、千葉県においては、ゴルフ場の開発事業を行おうとする者は、あらかじめ知事の協議・同意を必要とするとし(本件条例五条一項)、知事が同意をするに際しては、当該開発区域及びその周辺の区域において、災害防止、自然環境の保全等が図られることを勘案するものとされている(同条二項)。更に、控訴人は、条例五条の協議の対象とする基準として、取扱い方針において、当該市町村、地元住民から積極的かつ強力な要請のあること、土地利用の増進、雇用機会の拡大等地域の振興発展に寄与し、かつ、市町村議会の議決による計画、国土利用計画等県の策定した計画と整合し、当該市町村における開発可能面積の制限内にあること等の要件を定めている。

2  昭和四九年六月一日の時点で千葉県内には既設、計画中のゴルフ場の数は一四六か所、面積は一万五〇〇〇ヘクタールに上っていたため、千葉県では当分の間ゴルフ場の開発計画を受付けない方針を定めた。しかし、過疎、準過疎地域の市町村を中心にゴルフ場開発についての前記方針の緩和を求める声が強くなり、また、ゴルフ場審査に関する関係法令の整備が進んだことから、昭和五九年四月一日から、地域振興に寄与する計画であることや一定面積の範囲内であることなどを条件に開発を許容するよう方針を変更した。更に、昭和六三年一月一日、取り扱い方針を変更し、半島振興法の適用地域の市町村については二か所(パブリックコースについては別途一か所)という開発枠を設定し、従来制限のなかった過疎・準過疎地域にも一市町村二か所という開発枠を設定した。

3  大多喜町では昭和六三年一月一九日の町議会で、大多喜町基本構想(昭和六〇年一二月二〇日策定)の改定が決議された。その内容は町の土地利用上大規模レクリエーション用地は概ね二一〇〇ヘクタールを限度とし、特にゴルフ場は既設のものを除き、六〇〇ヘクタールを限度とするというものであった。

4  大多喜町は、平成元年二月二五日、前年からゴルフ場開発について事前相談をしてきた大都工業から事前協議申出書を受け取り、これにより、大多喜町が有する三つのゴルフ場開発枠がすべて埋まり、また、右大都工業の計画90.8ヘクタールを含めるとゴルフ場の開発計画面積は六六四ヘクタールとなった。しかし、右大都工業の計画については下流域の町の水道事業者からの同意をとることができず、また、右町議会で計画反対の議決がなされたため、右開発計画を受け入れることはできないと判断され、大多喜町長は平成三年二月一六日大都工業に対し、事前協議申出書を返戻した。右返戻に対して大都工業及び開発地域の地権者は容易には納得せず、大多喜町ではこれらの者の説得に当たり、同年六月一八日に至りようやく計画の断念を表明する書面を受領して問題が解決した。

5  被控訴人は大都工業の開発計画が頓挫するとの見通しで、平成三年二月一三日、本件事前協議申出書を提出した。大多喜町では前記返戻後も大都工業と地権者が納得していなかったため、開発枠は未だ空いていないとの判断をしていたうえ、当時、大多喜町及び町議会にはゴルフ場開発に消極的な考えが広がり、町長の諮問に対し、同年三月一日、大多喜町総合開発審議会がゴルフ場の新規開発は認めない旨の答申をしたこともあって、大多喜町長は、同月六日、被控訴人に対し、本件事前協議申出書を返戻した。その後同月一一日開かれた大多喜町議会において、町長は前記答申を尊重する旨の報告をした。また、同年五月に行われた大多喜町のアンケート調査では九〇パーセントの住民がゴルフ場開発に反対していた。

二  右認定の事実によれば、前記取扱い方針は、知事の同意が恣意にわたらぬよう条例の趣旨に則り内部的に基準を定めて取扱いの統一を図ろうとするものであって、条例の趣旨に鑑みその内容は適正であって、知事の裁量の範囲を逸脱するものではないと認められるところ、千葉県内においては、既に数多くのゴルフ場が設置され、県としては過疎地域の市町村、住民から地域振興の見地からゴルフ場開発の要望がある限度で開発に同意を与える方針であり、被控訴人による本件事前協議申出の当時、大多喜町では既に大多喜町基本構想でゴルフ場の開発可能面積とされた六〇〇ヘクタールに迫る面積のゴルフ場開発計画があり、町議会、住民の間でゴルフ場開発に消極的な考えが広まり、大多喜町総合開発審議会においてもゴルフ場の新規開発は認めないとの答申を出していたのであるから、控訴人が被控訴人の本件条例五条に基づく事前協議の申出を拒否したことは本件条例の趣旨に鑑み相当であったというべきである。したがって、本件処分を違法ということはできず、本訴請求は理由がないことになる。

第三  結論

以上のとおり、本件処分は適法な行政処分というべきで、本訴請求は理由がないことになるから、これを認容した原判決は相当でない。よって、原判決を取り消したうえ本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官時岡泰 裁判官小野剛 裁判官山本博)

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